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1999年04月19日

イラン旅行記・1999年4月・チャイハネめぐり イスファハン

朝からイマーム広場へと向かう。回廊部分にあるじゅうたん屋や工芸品店を見てまわる。たくさんの客引きに出会い、いくつかの店へは勧められるままに入っていく。残念ながらわたしの購買欲をそそるものは何もない。なにせ本当に物欲というものがないのである。

イマーム広場を離れ、広場の南側にあるじゅうたん屋に向かう。買う気もないのになぜじゅうたん屋なぞへ向かうのかと向かうのかと訝られる方もおられるかもしれないが、実はこのじゅうたん屋がインターネットカフェをやっており、両替もしてくれることを聞いていたのである。

さっそく店に入ると小柄な男性が出迎えてくれる。イスラム圏のお店の例に漏れず、ここでも商売に関係のないたわいもない世間話から会話が始まる。もちろんチャイ(紅茶)とともにもてなしてくれる。話を聞いていると、かなり多くの日本人旅行者がこのお店を訪れているようである。

そうこうしているうちに話が両替の話になってくる。よく話を聞いてみると、ここで両替するのではなく、他の両替をする人間に話を取り次いでくれるらしいのである。そこで彼が相手のところにレートを聞きに行ってくれる。店の中には彼と私しかいないのだが、彼は私に店をまかせたまま出ていってしまう。

初対面の人間をそこまで信用していいものかと不思議に思うのだが、イスラム圏ではよくあることである。人間同士の信頼が社会の基本となっているイスラム圏ではこれがあたりまえらしい。とてもキリスト教の国では考えられない。いかにイスラム圏の国が治安がいいかのよい証拠であろう。

やがて彼が店に戻ってくる。レートに納得したので、両替を頼むことにする。私のUS$100札を持ってふたたび表へ出ていく。一瞬そのままどこかへ行ってしまうのでは、などと不安がよぎったりもしたのだが、もちろんそんなこともなく、ちゃんとリアル札を手にして戻ってきてくれる。

店を後にし、ザーヤンデ川のほうへ向かう。もちろん川沿いにいくつかあるチャイハネ巡りをするためである。まずは中心街から一番近いスィー・オ・セ橋のたもとにあるチャイハネに向かう。たもとにもテラスがあり、川面から流れてくる風が気持ちいい。

次にその西側のチュービー橋の真ん中にあるチャイハネに入る。ここは橋の下に位置し、川の北側と南側を眺めることができる。中はいろいろな装飾品で飾り立てられており、非常に落ち着く。窓が比較的低い位置についており、そこに腰掛けることができるようになっている。窓に腰掛けると目の前に川の流れが目に入り、その向こうには堤防の上の道を行き交う人たちが見える。何時間いても飽きない光景である。店の人の接客態度も非常にいい。私の心の中ではイスファハンで一番のチャイハネである。

最後にハージュー橋のたもとにあるチャイハネに入る。またチャイをたのんだのだが、不覚にもちょっとした失敗をしてしまう。いつもなにかを注文するときには必ず値段を確認するのだが、このときに限って忘れていたのである。しかもチャイと一緒にお菓子も出されたのだが、なにを思ったのかこれをチャイと一緒にサービスで出されるお茶請けのようなものだと思ってしまったのである。もちろんそんなことがあるはずがない。出されたときに「いらない。」とはっきり断らなければならなかったのである。ここまでがあまりに順調に進んでいたので、ついつい気が緩んでしまったのであろう。

たまたま隣のテーブルに流暢な英語を話す男性が座って話も弾み、言葉の問題では少々苦労続きであった中でほっとしていたのであるが、支払いの段階になって他のお店よりも高い料金を請求されてしまう。(とはいっても、チャイにお菓子の値段をあわせたものだと考えればそれほど不当なものではないのだが。)先ほどまで話していた男性に仲介を頼むが、やはりチャイにお菓子を合わせた値段としてはこれで間違いないらしい。それでも最後の最後になって不快な思いを残すことになってしまった。至極当然のことではあるが、このような思いをしないためには自分自身による細心の注意が欠かせない。

宿に戻って昨日のX君を探すが、今夜も見当たらない。そこで他の宿泊客たちとともに食事に向かう。やはりメニューにはチュロウ・モルグと、チェロ・ケバブぐらいしか見当たらない。仕方なしにそれらを注文する。

食事が終わってイマーム広場を見下ろす位置にあるチャイハネに向かう。日も暮れて人気も少なくなった広場を眺めてのんびりしていると、昼間に両替をした店の主人がやってきた。遠くのほうからわれわれの姿を見つけてやってきたらしい。他愛もない会話が延々と続き、それにも飽きたころ宿への帰路へつく。


   


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posted by paipatiroma at 07:00 | イラン旅行記・1999年4月

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