塔に登る途中で神奈川から来ているというGさんと出会う。サラリーマンながらもかなりまとまった休みが取れるらしく、今回もかなり長期の休みできているらしい。
「沈黙の塔」はかつてゾロアスター教徒が鳥葬の場として使っていた場所なのであるが、現在は鳥葬も禁止され、その跡が残るのみである。小高い丘の上に二つの塔が並び、一方が男性用、もう一方が女性用のものである。塔の上に登ると、目の前には広大な大地が広がり、そのはるか向こうにはヤズドの街並みが広がる。本当に何もない場所ではあるが、その荒涼感と静寂さが心の中になんともいえない落ち着きをもたらしてくれる。私にとってはイランにおけるベストポイントの一つである。
本当なら一日中でものんびりしていたいところなのだが、先もあることであり、下へ降りる。麓にもかつて葬式などに使われていた建物があり、その暗闇の中からみる塔の姿もまた美しい。
ふたたびタクシーに乗り込み出発地点に戻ったのだが、約束どおりの料金を払おうとすると、運転手がそのお金を持ったまま首を振ってくる。どうやらもっとくれという意味らしい。もちろん無視してそのまま降りる。後から考えれば、運転手に渡したお札を一枚取り上げ、逆に首を振り返してからかってやればよかった。ずいぶんと惜しいことをした。とにかくまたバスに乗り、街へと戻る。この後K君と別れ、一人で街を歩くことにする。
相も変わらず変化のない昼食を終えたあと、昨晩満室で断られた宿へ遊びに行くと、「沈黙の塔」で出会ったGさんとなんとイスファハンでいっしょだったX君がそこにいる。実はそこにもう一人日本人女性がいるのだが、この女性がまた強烈な個性の持ち主であった。肉類・魚類がまったくだめで、野菜類にも好き嫌いが激しいらしい。ほとんどお菓子などを主食として生き延びているようである。各地のじゅうたん屋を転々として売り込みかたを身に付けてきているらしい。本当によくわからない人間である。
彼らと別れたあと、旧市街地の散策へと繰り出す。非常に日差しは強いのだが、ところどころに氷が入った冷水器が置かれており、のどの渇きがいやせるようになっている。しかもその水の質もよく、他の国のように生水に対して心配する必要がないのは本当にありがたい。
旧市街地は迷路のように入り組んでおり、迷うこともおそれずに彷徨いつづけるのが楽しい。そうこうしているうちに一軒のチャイハネへとたどり着く。ここはかつてハマムだったところをチャイハネに改装して政府が営業しているところで、その名残で天窓にある数色のガラスを通してやわらかい日差しが差し込んでくる。以前浴槽であったところには今も水が張ってあり、その水に落ちてくる数色の光の矢は実に美しい。思わずまどろんでしまいそうな穏やかな雰囲気が建物いっぱいに広がっている。
夕食を終えて街へと繰り出す。一軒のお菓子屋が目に入ったのだが、なにやら器に入ったものをみんなおいしそうに食べているのでそれをたのむことにする。バラのエッセンスから作ったバラ水に寒天のようなものを浮かべたモクートというお菓子らしい。口に入れるとバラの香りが口いっぱいに広がり、なんともいえない甘い後味が残る。この国のレストランで出される食事の単調さについては何度も書いてきたとおりであるが、それに反してデザート類はどれも押しなべておいしい。アイスクリームもトルコのドンドルマといわれるものと同じく非常に粘り気があっていくらでも口に入りそうな感じである。
先ほどのGさんとX君が泊まっている宿に向かい、別れのあいさつをする。最後にチャイでもと思ったのだが、いい店が見つからずバスの時間も迫ってきたので、タイ人のK君とともに4人でバスターミナルへ向かう。ここで彼ら2人と別れ、われわれはシラーズ行きの夜行バスに乗り込む。