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1999年04月27日

イラン旅行記・1999年4月・夜行列車にて マシュハド

夜行列車の指定券を購入するためにふたたび駅へと向かう。今回はなんとか購入することができる。一等寝台でもたった300円ほどの安さである。駅を歩いていると、突然通りがかった男から指を指されて「チニ(中国人)?」と言われる。初対面の人間にいきなりこういう呼びかけをするとはどういう神経をしているのであろうか。言葉がわからないのならわからないなりに、それなりの接し方もあろうとあろうというのに。この国の人間にはこういうやつが多すぎる。

あてもなく時間をつぶすために町を歩き回る。いざホテルを離れようとするとスタッフがチップをよこせと要求してくる。それも一人ではなくそれぞれがめいめいに要求してくるのである。荷物を持ってもらったわけでもないのにあつかましい。頑なに断り、ホテルを後にする。テヘランのホテルでもチップを要求されたが、それはちゃんと荷物を持ってもらったからであり、また気持ちのいい対応をしてくれたからこそ払ったわけであり、何もしてくれない連中に払う金はびた一文ない。

夕刻になって列車に乗り込む。コンパートメントになっており、人のよさそうな二人連れと一緒の部屋になる。言葉は通じないのだが一生懸命に何か話し掛けてこようとする。とはいっても、前日に会った不快なやつとは違い、なんとなく彼らの温かい気持ちが伝わってくるのである。それは彼らが遠い国から来た私のことをもてなそうとする姿勢が見えてくるからであろう。

やがて一組の夫婦がコンパートメントにやってくる。なんと彼らは以前東京に住んでいたことがあり、いまも娘さんは東京の大学に通っているらしい。日本語はしゃべれないものの、流暢な英語を話し、ほっとする思いである。同室にいた彼らが二人のことを探してきてくれたようである。二人の話によると、同室の彼らはテヘラン近郊のバラで有名な町の出身であるとのことである。

この二人も自分の部屋に戻り、先ほどの二人たちと三人の空間になる。突然列車が止まる。ジェスチャーで今はお祈りの時間だと教えてくれる。私がラジオでNHKの国際放送を聞いていると、ホメイニの時代なら絞首刑だぞ、というような仕草して笑っている。たとえ言葉が通じなくても、人をもてなす温かい気持ちを持つ人たちと一緒に過ごすのは楽しいものである。


   


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posted by paipatiroma at 07:00 | イラン旅行記・1999年4月

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