家に帰るという彼らと別れ、バスターミナルへ向かう。ガイドブックを片手に北のほうへ向かって歩くが、果たして本当に正しい方向へ向かっているのかどうか不安になってくる。行き交う人たちに尋ねてみても要領を得ない。そうこうしているうちに日本大使館の前にたどり着く。
たまたまそこで日本人男性とそのドライバーらしきイラン人男性に出会う。なんでもその男性は最近テヘラン駐在になった男性らしく、事情を話すとバスターミナルまで彼らの車で連れていってくれることになる。いっしょのイラン人男性がイスタンブール行きバスの時間を調べてくれる。出発までまだ時間があったのでどこかいいところはないかと聞くと、かつてパフラヴィー王家の夏の離宮であったサアダバード宮殿へ行くことを薦められる。
彼らと別れ、バス乗り場へ向かう。係の男性は英語が話せ、宮殿への行き方を聞き、タクシーの手配をしてもらう。運転手に見せるためのメモも書いてくれる。荷物は出発まで預かってくれるらしい。
宮殿に到着。山間の緑豊かな場所に宮殿は位置し、非常に心地よい。広大な敷地の中にいくつもの建物がたっており、かつての王家の権力のすごさが一目でわかる。敷地の一番上まで登り後ろを振り返ると、目の前には広大なテヘラン市街の様子が広がっている。こうやって見ると、テヘランが標高の高いところに位置した街だというのがよくわかる。見学を終えてバスターミナルへと向かう。
ターミナルにて昼食を取ろうとするが、メニューも読めず、また指差しもできず注文に一苦労する。なんとかサンドイッチを注文し、わびしい昼食を終える。出発時間が近づき、バスに乗り込む。いよいよイランともお別れである。結局ぎりぎりのことでビザの延長は不要であった。とはいっても万が一のことを考えると、やはり延長しておいてよかったに違いない。
横には老けた感じの男性が一人座る。なにやら会話集を出してきてしきりにしゃべりかけてくる。手にしているのは日本語の会話集である。よくわからないが、これから埼玉かどこかへ向かおうとしているらしい。知り合いがいるからそこへ行こうとしているのか、それともそこへ仕事を探しに行こうとしているのかよくわからない。ひょっとすると、私に日本渡航のための保証人になってくれと言っているような気もするが、よくわからない。もしそうだとしてもなれるはずもない。
何回かの休憩をはさみ、夜になってタブリーズに到着。南のほうではあれほど暑かったのに、ここではなんと雪が降っている。日本と同様、ここも北と南の気候の違いが激しい。それほど大きい国なのである。闇両替屋がバスに乗り込んできたので、残りのイランリアルをすべてトルコリラに両替する。
タブリーズを離れてからしばらくして食事のために止まる。ここでようやく気づいたのだが、先ほどイランリアルを両替してしまって一銭も持っていないのである。夕食を食べていなかったのをすっかり忘れていた。結局隣の席の男性が食事を分けてくれるのだが、これが羊肉を塩味だけで煮たようなもので、私の口にはとても合わない。だから私もしきりにいやな顔をして断るのだが、それもわからず何回も勧めてくる。とにかくパンだけで空腹を満たす。
ふたたびバスへ戻る。それにしても彼は何のために日本へ行こうとしているのだろう。ペルシャ語以外に何も話せる様子もないのに、日本に着いてからどうするつもりなのだろう。イラン人にとっては日本までの航空券はとても高価なものであるに違いないのだが、それだけの大金を払ってまでも行く理由があるのだろうか。いろいろな考えが私の頭の中をよぎる。
ところで先ほど彼が身分証明書を見せてくれたのだが、ずいぶん老けた感じだと思っていたところ、なんとたった私の三つほど上だけらしい。イランに入国するときにあった男性といい、今の彼といいイラン人は早く老けてしまうのだろうか。