街中の信号に目をやるとまさに日本の信号機そのままの物が立っている。日本からの資金・技術援助で作られたものだろう。ぼんやりとスーパーの入っている建物の2階テラスから街の風景を眺めていると1人の男性から声をかけられる。また旅行代理店の客引きか何かと思って適当に話しているとどうやら様子が違う。健康食品に勤める男性のようで、会長が羽田孜首相(!!!)などと話している写真を見せられ、名刺を渡される。強引に何かを勧誘されたわけでもないのだが、一体何がしたかったのやら?
空港で知り合った女性から紹介されたウガンダで唯一の日本人が経営する旅行代理店・Greenleaf Tourist Clubに行ってみたものの、こちらの日程に合うようなツアーがなく、仕方なくジンジャへ移動することに決定。近くで偶然見つけたエミレーツ航空で予約の再確認も済ませる。そういえば街中には意外と緑が多く、上の写真のように大きな鳥が公園で休んでいたりもする。
ホテルで聞いたNew Taxi Parkへと向かう。昨日のOld Taxi Pakほどの混沌とした感じではないものの、こちらもかなりの混雑ぶり。大多数が日本から輸入した中古車で、「○○幼稚園」「△△自動車学校」「××カントリー倶楽部」と書いた車がたくさんの乗客を乗せていく。
ジンジャへはタクシー(ウガンダでは乗り合いタクシーのことを単にタクシーと呼び、ケニアではマタトゥ、タンザニアではダラダラと名前が変わる)とミニバスの両方が出ており、ミニバスのほうが若干安くて安全性も高く乗り心地もいいが、乗客で満席になるまで少々時間がかかる。一般的にこの手の乗り物は満席になるまで出発しない。
10時過ぎに乗ってようやく満席になったのが11時過ぎ。ところがTaxi Parkの入口が異常に混んでおり、出るまでに30分以上が経過。市内を離れたのが12時過ぎ。これなら1時過ぎにはつくことができるとほっとしていたところ、12時半頃に突然車が故障。外に出されて修理を見守るが、そのうちにみんな我慢ができななり、道路を行くタクシーに手を振ってどんどん乗り込んでいく。「これがウガンダさ」と気休めを言ってくれる人もいるが、いつまでも待っているわけにはいかない。こちらも手を上げてタクシーに乗り込む。先程までのミニバスとは違ってかなり詰め込み方。
結局ジンジャに着いたのが2時半頃。早速向かったのが上の写真のBellevue Hotel。街全体が南から北へ向かって斜面になっているジンジャの街の北側に位置するここからは街全体とその先に広がるビクトリア湖が眼下に広がり、非常に落ち着いた雰囲気。街全体もカンパラとはうって変わったのんびりとした印象で、居心地がいい。
ところが要領を得なかったのがホテルの受付の女性。最初に通された部屋はバストイレ付きの部屋で眺めもよかったのだが、できればもっと安部屋はないのかと尋ねたのだが、言葉が通じないのか、あるいはできるだけ高い部屋に泊めさせようと思って判らないふりをしているのかわからないが、こちらの言うことに明確な返事が返ってこない。そうこうしているうちにこちらも疲れてきて、最初に通された部屋に決める。1泊30000シリング(約2000円)。
ここジンジャはウガンダの首都・カンパラとケニアの首都・ナイロビを結ぶ幹線上にあり、ウガンダ東部最大の都市であり、重要な工業都市の1つ。とは言っても町の中心は歩いて十分回れるほどの大きさであり、碁盤の目状の街には自動車よりもボダボダといわれるバイクタクシーや自転車タクシーの姿のほうが目立ち、いたってのんびりとした雰囲気。坂の上側になる北側へ登ると、ヴィクトリア湖の姿も見えてくる。
インド系住民の姿も多く、インド食材をそろえたスーパーやインド料理店も多く立ち並ぶ。かのイディ・アミンの時代には多くのインド系住民が国外へ追放され、そのおかげでこの街の経済もかなり滞ったそうだが、今はその多くがこの街へと戻り、再び活気を取り戻している。
予想より到着時間が2時間以上も遅れて3時半もまわったため、昼食代わりの軽食をとる。その後坂を南側へと下り湖へと向かうが、なかなか湖畔へ抜ける道が見つからない。そうこうしているうちに雲行きが怪しくなってきたため、声をかけてきた自転車タクシーに飛び乗ってホテルへと戻る。約2kmで300シリング(約20円)。ホテルへ着くのとほぼ同時に大雨が降りだす。
まだまだ疲れが残っているためか、夕食もとらずに6時半頃にとこへ就く。今夜は蚊帳を張るのと蚊取り機を動かすのは忘れない。





