シャウエンからティトゥアンまでグランタクシーにて移動。じつはグランタクシーが客で一杯になる前にバスのほうが先に出発してしまったのである。こういうこともあるので、客の埋まり具合を見てどちらにするかを考えたほうがよい。
モロッコのグランタクシーに乗るのは大変である。前の助手席に2人、後ろの席に4人も座る。この体制で山の中の曲がりくねった道を走ると車から振り落とされてしまいそうな気になる。チュニジアの乗合タクシー・ルアージュの場合はステーションワゴンの荷台部分を改造して座席にしてあり、助手席に1人、真中と後ろの列に3人ずつ座る。これなら無理なく座れるのであるが、モロッコ人はここまで考えないのであろうか。
ティトゥアンに到着。バスターミナルに荷物を預けて街中をうろつくことにする。バスターミナルでは預かり所に連れて行ってやる、チップをよこせというやつが寄ってきたが、もちろん無視して自分で行く。4DH。
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関西の銭湯・スーパー銭湯・天然温泉・日帰り入浴(56)
関西以外の銭湯・スーパー銭湯・天然温泉・日帰り入浴(8)
韓国の温泉・銭湯・沐浴湯・サウナ・チムジルバン・汗蒸幕(11)
韓国の食べ物・旅行・その他(13)
旅行・お出かけ(6)
食べ物・その他(11)
ウガンダ・ケニア・タンザニア・アラブ首長国連邦・オマーン旅行記・2007年4月(21)
キューバ旅行記・2006年4月 ハバナ・トリニダー・サンティアゴ・デ・キューバ(16)
タイ・ラオス・ベトナム旅行記・2007年8月(0)
モロッコ旅行記・2001年4月(17)
イラン旅行記・1999年4月(14)
沖縄・八重山・台湾旅行記・2007年年末・2008年年始(2)
沖縄・八重山旅行記・2006年年末・2007年年始 那覇・石垣島・波照間島・渡名喜島(0)
沖縄・八重山旅行記・2006年8月 石垣・波照間・西表・鳩間・小浜・竹富(9)
沖縄・八重山旅行記・2005年年末・2006年年始 那覇・石垣島・波照間島・宮古島(11)
沖縄・八重山旅行記・2005年8月 那覇・石垣島・波照間島・黒島(11)
沖縄・八重山旅行記・2004年年末・2005年年始 那覇・石垣島・波照間島(6)
韓国旅行記・2006年7月 ソウル・大田・木浦・釜山(5)
タイ・バンコク旅行記・2005年11月(4)
シンガポール-クアラルンプール-ペナン-バンコク旅行記・2004年4-5月(10)
八重山(3)
沖縄(3)
日記(0)
一番上から3つめまでの温泉・銭湯・チムジルバン(韓国式サウナ・岩盤浴)がこのブログの主な記事です。ぜひ一度ご覧ください。
また日本人にとってはあまりなじみのないキューバ・イラン・モロッコの旅行記もお薦めです。こちらもご覧ください。
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2001年04月26日
2001年04月25日
モロッコ旅行記・2001年4月・アンダルシアに似た白い壁の町 シャウエン
いったんティトゥアンへグランタクシーで向かい、そこでシャウエン行きのグランタクシーに乗り継ぐことにする。バスなら直行便もあるのだが、この方が速いと思ったからである。ティトゥアンに着き、いったん観光案内所へ向かう。
次の日にまたここへ戻ってくるのでそのために寄ったのだが、ついでにシャウエン行きグランタクシーの乗り場も聞く。すると彼らが連れて行ってくれることになったのだが、最初タクシーではなくバス乗り場に連れて行かれそうになる。私はグランタクシーに乗りたいのだというが、バスのほうが便利だといわれ、結局バスで行くことにする。案内所を出る前に責任者らしき人が案内してくれる人間に小銭を渡すのが見える。彼はここの職員ではないのだろうか。
彼からスペイン語は話せないのからしきことを聞かれる。モロッコの大部分は元フランス領であり、フランス語が学校教育でも使われるのだが、スペインに近い地域だけはもともとスペイン領であり、スペイン語のほうが通じるのである。
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次の日にまたここへ戻ってくるのでそのために寄ったのだが、ついでにシャウエン行きグランタクシーの乗り場も聞く。すると彼らが連れて行ってくれることになったのだが、最初タクシーではなくバス乗り場に連れて行かれそうになる。私はグランタクシーに乗りたいのだというが、バスのほうが便利だといわれ、結局バスで行くことにする。案内所を出る前に責任者らしき人が案内してくれる人間に小銭を渡すのが見える。彼はここの職員ではないのだろうか。
彼からスペイン語は話せないのからしきことを聞かれる。モロッコの大部分は元フランス領であり、フランス語が学校教育でも使われるのだが、スペインに近い地域だけはもともとスペイン領であり、スペイン語のほうが通じるのである。
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2001年04月24日
モロッコ旅行記・2001年4月・列車の中にて マラケシュ・タンジェ
6時10分のパスでマラケシュの鉄道駅へ向かう。今回は Supratours (スープラ・トゥール)というバスなのだが、この会社は国鉄の直営であり、マラケシュなどの駅を起点に鉄道のない地域へ路線を持っている。エッサウィラのほかにもアガディール・ワルザザート・タンタンなどへバスを走らせており、鉄道との連絡切符も買うことができる。料金は若干割高ではあるが、他の会社と違い荷物代も取らず、設備もよいのでお薦めである。なお他のバス会社とは乗り場が違うので注意が必要である。鉄道駅のあるところでは駅に隣接して乗り場が設けられている。
8時30分マラケシュ駅到着。9時発フェズ行きの列車に乗る。ほとんどのコンパートメント(個室)に客が乗っており、空室はない。長旅のため、ちょっとでも人のよさそうな客が乗っている個室を探し回る。幸いにも人のよさそうな学生たちが乗っているコンパートメントに空き席があり、ここに決めるが、これが大正解であった。
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8時30分マラケシュ駅到着。9時発フェズ行きの列車に乗る。ほとんどのコンパートメント(個室)に客が乗っており、空室はない。長旅のため、ちょっとでも人のよさそうな客が乗っている個室を探し回る。幸いにも人のよさそうな学生たちが乗っているコンパートメントに空き席があり、ここに決めるが、これが大正解であった。
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2001年04月23日
モロッコ旅行記・2001年4月・単調な味付けの食事から解放されて エッサウィラ
朝からビーチへ向かうが、天気はよくても風が強いので泳ぐことはできない。その代わりウィンドサーフィンやパラセーリングなどをやっている。街へ戻ってスークを探索する。ここのスークは規模は小さいが活気がある。
お昼にはまた港の屋台へ向かう。肉尽くしだった身にとっては新鮮な魚介類は一服の清涼剤である。パンと羊とヨーグルトさえあればいいという友人がいるが、とても真似できない。
モロッコの食材自体は大変いいのである。野菜も豊富で新鮮だし、鶏もブロイラーとは大違いである。ところが味付けや調理法に変化が乏しいのである。焼く・煮る・湯がく・蒸す・揚げるなどいろいろな調理法を使っているわれわれから見るとあまりにもったいなく感じられる。調理法さえ充実していれば。モロッコの普通のレストランではたいていクスクス・タジン・ブロシェット(串焼き)の3種類ぐらいしか調理法がない。
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お昼にはまた港の屋台へ向かう。肉尽くしだった身にとっては新鮮な魚介類は一服の清涼剤である。パンと羊とヨーグルトさえあればいいという友人がいるが、とても真似できない。
モロッコの食材自体は大変いいのである。野菜も豊富で新鮮だし、鶏もブロイラーとは大違いである。ところが味付けや調理法に変化が乏しいのである。焼く・煮る・湯がく・蒸す・揚げるなどいろいろな調理法を使っているわれわれから見るとあまりにもったいなく感じられる。調理法さえ充実していれば。モロッコの普通のレストランではたいていクスクス・タジン・ブロシェット(串焼き)の3種類ぐらいしか調理法がない。
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2001年04月22日
モロッコ旅行記・2001年4月・白い壁と青い扉の街 エッサウィラ
エッサウィラへ向かう。地中海の道を走っていくので眺めはよいのだが、曲がりくねった道であり、しかも猛スピードで走っていくので乗り心地はよくない。おかげでもどしてしまった。もどしたのが休憩中だったのが幸いである。それにしても休憩に入った食堂のトイレがひどかった。なにせ個室の中が真っ暗なのである。扉を開けている間に十分に位置を確認し、扉を閉める。
エッサウィラに到着後、メディナの中でホテルを探し始める。ある客引きに「あなたは普通のホテルではないホテルを探しているように見えた。そんなあなたのためのホテルがある。」といってあるホテルに連れて行かれる。
一軒普通の民家のような入り口を入ると、中には一部屋一部屋違ったオブジェなどで飾り付けられた部屋が並んでいる。経営者はフランス人の芸術家らしい。室内には大きなバスタブもあり、部屋によっては風呂に入りながら海も眺められる。
料金は400DHからであり、魅力的ではあるが、予算を超えるので残念ながらあきらめる。屋上の小さい部屋なら150DHにしておくといわれるが、それも断ることにする。もし予算に余裕があればぜひ泊まってみたい宿ではある。名前は Les Chevaliers de la Tour d'Argent de Scala。Rue Derb Lallouj から西側に入ったところにあり、博物館よりも北側である。クレジットカードも可。Tel 044-47-5799
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エッサウィラに到着後、メディナの中でホテルを探し始める。ある客引きに「あなたは普通のホテルではないホテルを探しているように見えた。そんなあなたのためのホテルがある。」といってあるホテルに連れて行かれる。
一軒普通の民家のような入り口を入ると、中には一部屋一部屋違ったオブジェなどで飾り付けられた部屋が並んでいる。経営者はフランス人の芸術家らしい。室内には大きなバスタブもあり、部屋によっては風呂に入りながら海も眺められる。
料金は400DHからであり、魅力的ではあるが、予算を超えるので残念ながらあきらめる。屋上の小さい部屋なら150DHにしておくといわれるが、それも断ることにする。もし予算に余裕があればぜひ泊まってみたい宿ではある。名前は Les Chevaliers de la Tour d'Argent de Scala。Rue Derb Lallouj から西側に入ったところにあり、博物館よりも北側である。クレジットカードも可。Tel 044-47-5799
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2001年04月21日
モロッコ旅行記・2001年4月・タフロウトへのツアー探し アガディール
グランタクシーにてアガディールへ向かう。本当はタフロウトへも行きたかったのだが、時間の関係であきらめる。この街は1960年の大地震で壊滅しており、見るべきものは何もない。ヨーロッパ人にとっては東南アジアのビーチみたいな存在なのであろう。しかしそれほど海がきれいというわけでもない。
海岸近くの道を歩いていると、一軒の旅行代理店を発見する。タフロウトに行きたいのだがと告げると、ちょうどツアーがある、ただし最小催行人数は4人だといわれる。料金は300DH。バスの往復運賃だけでも120DHすることを考えると、決して高くはない。とりあえずパンフレットだけもらう。
夕食を終えてからツアーを申し込むため、もう一度代理店へ向かう。いきなり、「君は必ず申し込みに来ると思っていた。」と歓迎される。ところが残念なことに他のツアー申込者がおらず、次の日にはタフロウト行きのツアーはないことがわかる。4-5日後なら他の客もあるだろうといわれたが、そんなに長居はできないのであきらめることにする。
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海岸近くの道を歩いていると、一軒の旅行代理店を発見する。タフロウトに行きたいのだがと告げると、ちょうどツアーがある、ただし最小催行人数は4人だといわれる。料金は300DH。バスの往復運賃だけでも120DHすることを考えると、決して高くはない。とりあえずパンフレットだけもらう。
夕食を終えてからツアーを申し込むため、もう一度代理店へ向かう。いきなり、「君は必ず申し込みに来ると思っていた。」と歓迎される。ところが残念なことに他のツアー申込者がおらず、次の日にはタフロウト行きのツアーはないことがわかる。4-5日後なら他の客もあるだろうといわれたが、そんなに長居はできないのであきらめることにする。
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2001年04月20日
モロッコ旅行記・2001年4月・アトラスからの絶景を眺めながら マラケシュ・タルーダント
タフロウト行きのバスを探すがないとのことで、代わりにタルーダントへ向かう。アガディール経由の便とアトラス山脈越えの便があり、10時のアトラス越えの便に決める。80DH(70DH?)。今回の旅行の中で一番のおんぼろバスであった。
アスニという街を抜け(ここでもかなり涼しかった)、山の中へ入っていく。マラケシュ-ワルザザート間の道よりはるかにすごい道で、車が離合するのも困難な道を通っていく。おそらく雨が降れば岩が道路上をふさいで、通行止めになってしまうに違いない。
バスの中には他の外国人旅行者は誰もいない。途中の道では多くのヨーロッパ人観光客がレンタカーや自家用車で走っているのに出くわす。こちらの道も標高2000mを越す地点を抜けていくのだが、本当にすばらしい風景が車窓に広がる。峠の上からは遥か彼方まで眺めることができる。なんとなく乗ることに決めたバスだったが、これは大正解であった。
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アスニという街を抜け(ここでもかなり涼しかった)、山の中へ入っていく。マラケシュ-ワルザザート間の道よりはるかにすごい道で、車が離合するのも困難な道を通っていく。おそらく雨が降れば岩が道路上をふさいで、通行止めになってしまうに違いない。
バスの中には他の外国人旅行者は誰もいない。途中の道では多くのヨーロッパ人観光客がレンタカーや自家用車で走っているのに出くわす。こちらの道も標高2000mを越す地点を抜けていくのだが、本当にすばらしい風景が車窓に広がる。峠の上からは遥か彼方まで眺めることができる。なんとなく乗ることに決めたバスだったが、これは大正解であった。
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2001年04月19日
モロッコ旅行記・2001年4月・ハマム体験 マラケシュ
ホテルの温水シャワーが有料なので、ハマムへ行くことにする。男性用は朝早くから営業している。中では下着を着たまま入る。イスラム圏では他人に素肌を見せることは恥ずかしいことだからである。いくつかのバケツが置かれており、それにお湯をためて身体を洗う。清潔さの面ではかなり疑問がある。正直言って期待していたほどのこともなかったので、早々で切り上げてホテルへ戻る。でも地元の客は2時間・3時間と話をしながら過ごすらしい。
メディナの中のスークを探索する。ここのメディナはマグレブ諸国で最大規模らしい。相変わらず地元の客や観光客でごった返しており、すごい活気である。途中楽器屋に呼び込まれ、最初の間はいい雰囲気で会話していたのだが、「ちょっと考えさせてくれ。後から戻ってくるから。」といっても、「なぜこの値段で買わないのだ。」と繰り返され、不快になって出てしまう 。もっと外国人客の心理を学んだほうが彼らのためになるのであるが。
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メディナの中のスークを探索する。ここのメディナはマグレブ諸国で最大規模らしい。相変わらず地元の客や観光客でごった返しており、すごい活気である。途中楽器屋に呼び込まれ、最初の間はいい雰囲気で会話していたのだが、「ちょっと考えさせてくれ。後から戻ってくるから。」といっても、「なぜこの値段で買わないのだ。」と繰り返され、不快になって出てしまう 。もっと外国人客の心理を学んだほうが彼らのためになるのであるが。
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2001年04月18日
モロッコ旅行記・2001年4月・カスバ街道を通り抜けてアトラス越え、そしてジャマ・エル・フナ広場 ティネリール・ワルザザート・マラケシュ
覚めると遠くのほうから「モーニング娘。」の曲が聞こえてくる。ロビーへ出て行くと「Love Machine」などの曲や宇多田ヒカルの曲が次々と流れてくる。なんでもけさ東京のほうからテープが送られてきたらしい。「♪にぃーっぽんのぉーみらいはぁー、うぉううぉう、うぉううぉう♪」、いかんいかん、一緒になって歌っている場合ではない。なんでここまで来て学校でもいじめっ子で有名だった中澤裕子が抜けたばかりのグループの曲を聴かなければならないのだ!
中澤裕子といえばひどいやつである。京都府福知山市出身であるにもかかわらず、デビュー当時は大阪出身であると偽っていたのである。そんなに福知山出身が恥ずかしいのか!まあ確かに田舎ではあるが。(笑)
また話が脱線してしまった。そういえばこのホテルに着いたばかりのとき、いきなりスタッフが「慎吾ママのおはロック」を歌いだしたのを思い出した。
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中澤裕子といえばひどいやつである。京都府福知山市出身であるにもかかわらず、デビュー当時は大阪出身であると偽っていたのである。そんなに福知山出身が恥ずかしいのか!まあ確かに田舎ではあるが。(笑)
また話が脱線してしまった。そういえばこのホテルに着いたばかりのとき、いきなりスタッフが「慎吾ママのおはロック」を歌いだしたのを思い出した。
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2001年04月17日
モロッコ旅行記・2001年4月・渓谷の中へ トドラ渓谷・ティネリール
ホテルのテラスで朝食を取ったあと(なかなか眺めもよい)、グランタクシーにてトドラ渓谷へ向かう。6DH。最初はレンタサイクルを使おうかと思ったのだが、他の旅行客からかなり疲れるぞと教えられ、グランタクシーに決めたのである。道すがらの眺めもなかなかよい。途中に自転車ではかなり疲れるであろう峠越えがある。
トドラに到着する。周囲の乾燥した風景とは違い、水がこんこんと沸きつづけ、緑も豊かである。本当に落ち着ける風景である。しかし、やがてヨーロッパ人のツアー客が大型バスで乗りつけ、かなり騒々しくなる。
ここで大阪と京都からの女性4人組に出会う。トドラにある Hotel Yasmina に泊まっているのだそうで、たった9日の休暇でこんな南まで来たとのこと。
昼食を終えてティネリールへ向けて帰る。4kmほどの距離があるのだが、下り坂が多く、途中の眺めもよかったので歩くことにする。ところが、歩き出してすぐに地元の車に「乗っていかないか。ティネリールまでは遠いよ。」と誘われる。ひょっとすると後からお金を請求されるかもと考えたが、その際はグランタクシーと同額程度の金額を渡してさっさと逃げる覚悟をした上で、車に乗り込む。
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トドラに到着する。周囲の乾燥した風景とは違い、水がこんこんと沸きつづけ、緑も豊かである。本当に落ち着ける風景である。しかし、やがてヨーロッパ人のツアー客が大型バスで乗りつけ、かなり騒々しくなる。
ここで大阪と京都からの女性4人組に出会う。トドラにある Hotel Yasmina に泊まっているのだそうで、たった9日の休暇でこんな南まで来たとのこと。
昼食を終えてティネリールへ向けて帰る。4kmほどの距離があるのだが、下り坂が多く、途中の眺めもよかったので歩くことにする。ところが、歩き出してすぐに地元の車に「乗っていかないか。ティネリールまでは遠いよ。」と誘われる。ひょっとすると後からお金を請求されるかもと考えたが、その際はグランタクシーと同額程度の金額を渡してさっさと逃げる覚悟をした上で、車に乗り込む。
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2001年04月16日
モロッコ旅行記・2001年4月・砂漠からの脱出、そしてカスバ街道へ メルズーガ・リッサニ・エルフード・ティネリール
朝食もそこそこに乗り合いの車でホテルを後にする。料金10DH。1時間ほどでリッサニに着く。ここで会った日本人旅行者から、きょうは週3便しかないティネリール行きのバスがあることを聞くが、エルフードでグランタクシー(乗合タクシー)を乗り継いだほうが速いだろうと思い、バスには乗らないことにする。
ところがいざエルフードに着くと、他のティネリール行きの客がなかなか来ず、結局リッサニ発のバスに乗る羽目になる。ところが広場で切符を売っているものに料金を聞くと60DHだといわれる。前もってけさホテルの者に聞いていた金額の2倍であり、おかしいと思っていると、後ろに切符売り場があるのに気づく。料金30DH。他の街でも似たようなことがあるのだそうで、充分に気をつけたほうがよい。
いざバスに乗ろうとすると、荷物代として30DHも要求される。つまり60DHのうち30DHは荷物代だというのである。せいぜい5DHで充分なものであり頑として断るが、何人かがやってきて30DH払えと要求する。いつもなら大声でやりあうのだが、この日はそういう気にならずひたすら無視する。(本当はやりあったほうがよい)
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ところがいざエルフードに着くと、他のティネリール行きの客がなかなか来ず、結局リッサニ発のバスに乗る羽目になる。ところが広場で切符を売っているものに料金を聞くと60DHだといわれる。前もってけさホテルの者に聞いていた金額の2倍であり、おかしいと思っていると、後ろに切符売り場があるのに気づく。料金30DH。他の街でも似たようなことがあるのだそうで、充分に気をつけたほうがよい。
いざバスに乗ろうとすると、荷物代として30DHも要求される。つまり60DHのうち30DHは荷物代だというのである。せいぜい5DHで充分なものであり頑として断るが、何人かがやってきて30DH払えと要求する。いつもなら大声でやりあうのだが、この日はそういう気にならずひたすら無視する。(本当はやりあったほうがよい)
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2001年04月15日
モロッコ旅行記・2001年4月・砂漠にて メルズーガ
朝食の後、みんながそれぞれ車で出て行く。最初は誰かに車でリッサニかエルフードまで連れて行ってくれと頼もうかと思ったのだが、そのうちに乗り合いの車でも来るだろうと思い、やめておくことに決める。
そうしているうちにホテルのスタッフがやってきて、「きょうはどうするつもりなのか」と尋ねられる。「乗り合いの車で離れるつもりだ」というと、「きょうはそんなものはない。あしたならある」と告げられる。やっぱり誰かに頼めばよかったと思いつつも、もう一泊することに決める。またホテルの前の椅子に寝転んで砂丘を眺めたり、砂丘の上まで一人で登ったりして過ごす。
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そうしているうちにホテルのスタッフがやってきて、「きょうはどうするつもりなのか」と尋ねられる。「乗り合いの車で離れるつもりだ」というと、「きょうはそんなものはない。あしたならある」と告げられる。やっぱり誰かに頼めばよかったと思いつつも、もう一泊することに決める。またホテルの前の椅子に寝転んで砂丘を眺めたり、砂丘の上まで一人で登ったりして過ごす。
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2001年04月14日
モロッコ旅行記・2001年4月・砂漠へ エルフード・メルズーガ
6時過ぎにエルフードへ到着。車内でリッサニまで行きたいと告げると、それはできない、ここで降りなさいといわれてしまう。でも、昨日フェズの切符売り場でそうできるといわれたと告げても、できないといわれる。地元の客引きも同じことをいう。睡眠不足と疲れているのとで頭もまわらず、客引きについていってしまう。
メルズーガならここからツアーに参加すればと勧められるものの、以前チュニジアで砂漠への一泊二日らくだツアーに参加したことがあるので、今回は砂漠の中のホテルに泊まるだけでいいといい張り、しつこいツアーへの勧誘を断る(場所は、地球の歩き方に「スタッフの評判はよくない」と書かれている「ホテル・ズィズ Hotel Ziz」)。
とにかく私はリッサニへ行きたいといいつづけ(最初はリッサニに泊まり、そこで情報を集めてから日帰りツアーに参加するか、他の旅行者と一緒に砂漠のホテルに泊まるかを決めるつもりでいた)、そのうちに「それじゃあ、メルズーガのホテルまで連れて行ってやる」といわれる。料金は20DHでまとまる。
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メルズーガならここからツアーに参加すればと勧められるものの、以前チュニジアで砂漠への一泊二日らくだツアーに参加したことがあるので、今回は砂漠の中のホテルに泊まるだけでいいといい張り、しつこいツアーへの勧誘を断る(場所は、地球の歩き方に「スタッフの評判はよくない」と書かれている「ホテル・ズィズ Hotel Ziz」)。
とにかく私はリッサニへ行きたいといいつづけ(最初はリッサニに泊まり、そこで情報を集めてから日帰りツアーに参加するか、他の旅行者と一緒に砂漠のホテルに泊まるかを決めるつもりでいた)、そのうちに「それじゃあ、メルズーガのホテルまで連れて行ってやる」といわれる。料金は20DHでまとまる。
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2001年04月13日
モロッコ旅行記・2001年4月・いったい何者? フェズ
また朝からメディナへ向かう。この日もいろいろなスークを見てまわる。そして、メディナの入り口付近にあるブー・ジュルード庭園にて一休み。木陰が多く涼しいので、たくさんの大学生がここで勉強しており、地元の学生たちと知り合うには最適の場所である。さらに庭園の西側にあるカフェ(La Noria)に行きミントティーを飲む。アラブ圏のミントティーは中国産の緑茶を使い、たくさんの砂糖と生のミントを入れて作る。わたしの口には合う飲み物である。
カフェにて休んでいると、一人の現地人が声をかけてくる。ここの経営者とは知り合いらしく、経営者のほうも名札を見せながら「私はガイドではない」とわざわざいってくる。別に悪い人間ではなさそうなので、多少の警戒心は持ちながらも会話を続ける。「友達が札幌にいる」などお決まりのパターンの会話を続け、わたしが今夜の夜行バスでエルフードに行き、そこからメルズーガを目指すことを告げると、エルフードよりもその先のリッサニへ行き、そこからメルズーガへ行ったほうがいい、エルフードは見るものもないと告げられる。
そのうち「このメルズーガのホテルに泊まったことがある。ここはよかった」といいながら、ホテルのカードを見せられる。どうせ友達か何かのホテルだろうと思いつつも、とりあえず話だけは聞く。「もしよければ、リッサニまで迎えに来るように電話しておく。」といわれるが、それは断りカードだけもらう。
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カフェにて休んでいると、一人の現地人が声をかけてくる。ここの経営者とは知り合いらしく、経営者のほうも名札を見せながら「私はガイドではない」とわざわざいってくる。別に悪い人間ではなさそうなので、多少の警戒心は持ちながらも会話を続ける。「友達が札幌にいる」などお決まりのパターンの会話を続け、わたしが今夜の夜行バスでエルフードに行き、そこからメルズーガを目指すことを告げると、エルフードよりもその先のリッサニへ行き、そこからメルズーガへ行ったほうがいい、エルフードは見るものもないと告げられる。
そのうち「このメルズーガのホテルに泊まったことがある。ここはよかった」といいながら、ホテルのカードを見せられる。どうせ友達か何かのホテルだろうと思いつつも、とりあえず話だけは聞く。「もしよければ、リッサニまで迎えに来るように電話しておく。」といわれるが、それは断りカードだけもらう。
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2001年04月12日
モロッコ旅行記・2001年4月・メディナにて フェズ
ホテルより旧市街にあるメディナへ向かう。3キロほど離れているものの、途中にも見所があるため、バスに乗らず、歩いて向かう。王宮などを経由して、メディナの入り口に到着。メディナは外的からの攻撃から守るためわざと複雑に造られており、5年前に来たときはすごく複雑に感じたのだが、今回はそれほどにも感じない。
とりあえずあたりのカフェで朝食を取る。ごく普通のクロワッサンにアラブでは一般的なミントティー。過剰な甘さではあるが、乾燥した気候の中では口に合う。
メインの道は2本並行して東側にある広場へ通じており、この2本の道が一番人通りが多いので、人の多いほうへ歩いていればあまり迷うこともないのである。入り口のほうから広場へ向かっての急な斜面の上にメディナが作られており、それが構造を一段と複雑にしている。
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とりあえずあたりのカフェで朝食を取る。ごく普通のクロワッサンにアラブでは一般的なミントティー。過剰な甘さではあるが、乾燥した気候の中では口に合う。
メインの道は2本並行して東側にある広場へ通じており、この2本の道が一番人通りが多いので、人の多いほうへ歩いていればあまり迷うこともないのである。入り口のほうから広場へ向かっての急な斜面の上にメディナが作られており、それが構造を一段と複雑にしている。
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2001年04月11日
モロッコ旅行記・2001年4月・モロッコ入国 タンジェ・フェズ
マドリードからのバスは予定より早く6時過ぎにスペインの南端・ジブラルタルの西にあるアルヘシラスへ到着。早速ターミナルに立ち並ぶ旅行代理店の1つから乗船券を購入。複数の船会社があるので、最も早く出発する会社を選んで購入する必要がある。ちなみにどこの代理店で購入しても値段は同じである。なおクレジットカードの使用も可能である。往復で買うと割引にはなるが、そうすると復路に利用できる船会社が限定されてしまい、一番早く出発する船に乗れなくなる可能性も高いので、できれば片道で購入するのが望ましい。
出港してしばらくすると船の中でモロッコへの入国手続きが始まる。かなりの行列ができるので、早い目に列へと並ぶ。船にはレストラン・免税店などがあり、たくさんの自家用車も搭載されている。ヨーロッパから自家用車で旅行する人たちが多いようである。そのうちタンジェへと到着。朝8時ごろには着くはずだったのが、なぜかしら10時になってようやく到着。
港へ着くとポーターが数人寄ってくるが、それほどしつこくはない。ガイド志望者は一人もいない。かつてタンジェはモロッコの中でも一番客引きやガイド志望者が多く、ここでいやになってスペインに引き返した旅行者も多かったそうだが、今やその面影はない。政府の取締りが功を奏しているようである。
港近くの両替窓口で両替をしようとするが、トラベラーズチェックは扱わず、現金しか両替できないといわれてしまう。とりあえず日本円を3000円ほどだけ両替する。ちなみにモロッコではほぼどこでも日本円の両替ができ、わざわざドルやユーロに替えていく必要はない。またところどころにATMもある。
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出港してしばらくすると船の中でモロッコへの入国手続きが始まる。かなりの行列ができるので、早い目に列へと並ぶ。船にはレストラン・免税店などがあり、たくさんの自家用車も搭載されている。ヨーロッパから自家用車で旅行する人たちが多いようである。そのうちタンジェへと到着。朝8時ごろには着くはずだったのが、なぜかしら10時になってようやく到着。
港へ着くとポーターが数人寄ってくるが、それほどしつこくはない。ガイド志望者は一人もいない。かつてタンジェはモロッコの中でも一番客引きやガイド志望者が多く、ここでいやになってスペインに引き返した旅行者も多かったそうだが、今やその面影はない。政府の取締りが功を奏しているようである。
港近くの両替窓口で両替をしようとするが、トラベラーズチェックは扱わず、現金しか両替できないといわれてしまう。とりあえず日本円を3000円ほどだけ両替する。ちなみにモロッコではほぼどこでも日本円の両替ができ、わざわざドルやユーロに替えていく必要はない。またところどころにATMもある。
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2001年04月10日
モロッコ旅行記・2001年4月・モロッコへの道 マドリード
朝の9時前にマドリード空港へ到着。シンガポールからUAEのドバイ・チューリッヒ経由で飛んできているだけに、疲労が著しい。おまけに39.2℃の熱を発熱。チャンギ空港内の診療所の医者に驚かれてしまう始末。でもとりあえずシンガポールで処方された薬が効いたのか、熱だけは平熱に下がっている。
早速地下鉄で市内へと向かう。1995年にこの空港へ降り立ったときにはまだ地下鉄は空港まで開通しておらず、バスに乗って市内へ向かったものである。ただこのバスの終着地がちょっと危ない。コロン広場の地下に到着するのだが、ここから地上への階段や地下鉄への連絡通路で強盗事件が頻発しており、95年に訪れた際にも強盗に襲われかけた人の話を直接聞いたりしたものである。未だに頻発しているようであり、地下鉄のほうがはるかに安全なようである。
うっかり空港内にあるスペイン国鉄・RENFEの窓口に行くのを忘れたので、市中にある窓口へと向かう。駅の窓口は混雑していることが多いので、こちらへ向かったほうが早いと考えたからである。ところが今夜も明日の夜もアルヘシラスへの夜行列車は満席とのことで、仕方なく窓口を後にする。やはりイースター休暇の関係であろうか。
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早速地下鉄で市内へと向かう。1995年にこの空港へ降り立ったときにはまだ地下鉄は空港まで開通しておらず、バスに乗って市内へ向かったものである。ただこのバスの終着地がちょっと危ない。コロン広場の地下に到着するのだが、ここから地上への階段や地下鉄への連絡通路で強盗事件が頻発しており、95年に訪れた際にも強盗に襲われかけた人の話を直接聞いたりしたものである。未だに頻発しているようであり、地下鉄のほうがはるかに安全なようである。
うっかり空港内にあるスペイン国鉄・RENFEの窓口に行くのを忘れたので、市中にある窓口へと向かう。駅の窓口は混雑していることが多いので、こちらへ向かったほうが早いと考えたからである。ところが今夜も明日の夜もアルヘシラスへの夜行列車は満席とのことで、仕方なく窓口を後にする。やはりイースター休暇の関係であろうか。
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